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南山伏町町会 妹尾一男氏のコラム

第21回 町会長25年回顧

平成29年6月2日
元 南山伏町町会会長 妹尾一男

その話を持ち込まれたのは、40年のサラリーマン生活をリタイアした直後で、すでにその後の生活設計もたて準備していたので、随分と迷った。
だが赤城神社の祭を仕切る三山伏睦会(南山伏、北山伏、市谷山伏の3町会の有志20人ほどの会)に10年以上前から加入していて、町会の内情も多少は知っていて疑問の点も多かったので、終の住家のつもりのこの町を、住みよい町にしたいと引受ける決心をした。

当時はマンションに新しく越してきた「新住民」とか、以前から住んでいた「旧住民」という言葉をよく耳にした。その他の問題も合わせ解決し2期4年で辞めると一部には言明した。

先づやったのはバス旅行の廃止、年収60万円の収入から、20万円を支出し、旧住民20人ほどしか参加していない不合理が理由。反対が多かったが強行した。
月会費300円から200円への値下げ。後に現行100円に値下げ。
広報紙を発行して、誰でも参加できる行事を年間数回開催して参加をよびかける。 従来、町会役員は2割に満たぬ旧住民が独占していたが、新住民の役員就任。
会費納入を郵便振替、銀行振込に限定し、経理の不正余地の排除。
それから自宅を提供して百回以上の役員会、各種行事等の開催。
それに区議、都議、区長、国会議員との付合い。
フリーマーケットの打上げ慰労会。
箪笥出張所長、副所長の転任の際は体調を崩すまでは招いて懇談。
いろいろやったが、これらの飲食費などは町会会計からは一切支出していない。

たまたま会長就任時は、ゴミ処理が東京の大問題になっていた。
清掃工場を持たぬ北区、豊島区などは慌てて新設する状況下、工場のない新宿区は大変苦しい立場に追込まれ、リサイクル推進課を新設しゴミ減量に努めた。
そして課が初回のみ区の経費負担で各町連単位でフリーマーケットの開催を要請したが、箪笥町連にはフリマを知る役員がいなかったので、大崎会長から一任され、町連副会長として苦労して開催し、十数年続けたが、その後も今日まで続いていることは喜ばしい。
他の町連は数回だけだったよう。

その後も、区町連会長になった大崎さんが起した改革運動に賛同し、引かれるように過ごした。
区職員のお供まで従えて、区の経費全額負担の区会議員の毎年恒例の海外旅行の廃止。これは抵抗多く何年もかかった。
区議の年間180万円の政務活動費についても、それまで無条件のような支給を改め、領収書、資料の添付など厳正化を計り、新年会費の適用も削除した。
大江戸線開通により廃止となったバス路線の、病院通院者の不便解消のための路線復活。

また、これは大崎さんが都町連会長となってからだが、東京オリンピック招致のための83万人の署名集め。印鑑のない署名だが、国際オリンピック委員会のサインを重視する外国人の視察委員には素晴しい効果があったようだ。
東京中の2万4千の町会掲示板にオリンピック招致のポスターが貼られた。ポスターの製作費用は東京都だが、大崎さんの号令で、区町連から町会への配送、頒布の費用負担、労力提供は都民が自主的にやったということで、石原元知事の際ネックとなった都民の歓心、盛り上りの問題は解消され、オリンピック視察委員から好感を持って迎えられた。
その証拠には、招致決定の祝賀式典で大崎さんが厚遇され、最前列はオリンピックで活躍した有名選手たちで、大崎さんは2列目で、国会議員、都会議員など、後ろのほうであったという。
また別の式典では、大崎さんは壇上に呼びあげられ、安倍総理や元総理の森組織委員会会長などと一緒に写っている写真があり、それがポスターになっている。

町会の持つ力が国家的行事にまで貢献し、その存在感が広く知られたことは、何より喜ばしいことであり、ともすれば軽視されがちであった江戸時代から何百年と続いた伝統の組織が、これからも活動してゆく必要性を、内外に認識されたことは嬉しい極みだ。